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なぜ、「みぜれれ。」? [きっかけ]

いまさらなんですが・・
このブログのタイトルが、なぜ「みぜれれ。」なのか。

いや、たいした事ではないんですが。
アレグリ作曲の「ミゼレレ」が好きだということと、あとは以前吹奏楽でバーバー作曲の
「弦楽のためのアダージョ」にアニュス・ディの歌詞を乗せた曲をやったときに、
miserere nobis. という歌詞が心に残ってず〜っと離れなかったということがあったので。

自分がぽわーんとした人間なので、なんとなくひらがな表記なんですけどね。

というわけで(?)これからも、「みぜれれ。」をよろしくおねがいします♪


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祈りで変えられるもの [きっかけ]

先日、山手教会でおミサに与ったときに山手教会月報「やまて」をいただいたのですが、
そこに濱尾枢機卿さまのお話が載っていました。

そのお話の中で、枢機卿さまがローマのウルバノ神学校に留学されたとき、
20カ国から集まった同級生との日常生活で文化や生活習慣、個人の性格の違いで辛い事が
あったそうなのですが、そのとき指導司祭から嫌いが憎しみにならないように、
「その人が、よい司祭になるように祈りなさい」と勧められたそうです。
枢機卿さまがそのようになさると、1年半かかって、相手を寛大に受け入れることができるように
なったそう。

祈ることによって変わるものは、相手の生活態度ではなく自分の心なんですね。
枢機卿さまのお話と並べるのも申し訳ないのですが、私にもそう思える経験がありました。

私の職場は数年で直属の上司が変わって行くのですが、去年から直属の上司になった人が
どうも相性が悪く、「どうして・・・」とほとんど毎日愚痴をこぼすような状態でした。
そんな日々を過ごしているうちに仕事までイヤになってしまい、旦那さんに泣きついた次の日、
神様に「今の職場の状態に立ち向かえる強さをお与えください」と祈ったとき
ふっと心が軽くなって「どうして強くなる必要があるの?」と神様に言われた気がしたんです。
「強くなくてもいいじゃないか」って。

物事に立ち向かうのではなく、謙虚にその状況を受け入れてあるがままでいること、
自分のできるベストのことをしていけばいいのではないかな、と思えるようになりました。
・・思ってもなかなかその通りの行動はできないんですけどね(笑)

あと、まだ仕事に慣れない上司に対していらだっていた自分の思い上がりにも気付かされました。

以前記事にちらりと書いた「神様っている!」と思ったのがこの経験です。
・・ちょっと恥ずかしいですね。


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「マイ聖書」をもらった。 [きっかけ]

小学生のときに友達に借りて読み、なぜかおじいちゃんの家にあった
聖書(文語体の古〜い聖書)を読んだりしてなんとなく心の中に
「聖書」への興味はありつつ、買って読むまではいかなったのですが。

私が高校生のとき、朝校門の前で聖書を配っている人たちがいて
なんとな〜く受け取り、(すぐ捨てちゃう人もいたけど)
家にもって帰ったのが、「マイ聖書」とのであいでした。

後から思うと、聖書を配っていた人たちは「日本国際ギデオン協会」
の人たちだったみたい。

通っていた高校が商業高校だったこともあって、けっこうモニターとか
多かったので、校門前で何かを配っていても別にどうとも思わなかったけど
普通校だったら「えっ!?」と思ったのかな〜?

ちなみに、その聖書にはいろいろなシチュエーションでここを読むと
いいですよ、というガイドみたいなものが載っていたのでその箇所は
よく読んでいました。

おじいちゃんの家にあった聖書で「主の祈り」は覚えていたのですが
この聖書に載っていたものはなんだか文章が違うな〜と思ってました。

この聖書は、名前を書いてシールを貼ったりして大人になるまで持って
いたのですが、家の改築で一度おじいちゃんの家に下宿したとき
荷物をまとめていたら親に発見され、「あんた、聖書なんか持ってるの〜?」と冷やかされ、はずかしくなって捨ててしまいました・・・

それからず〜っと、マイ聖書はもたず。
1年くらい前に、やっと「新改訳」の新約聖書を買いました。

カトリックのミサで使っているのは「新共同訳」の聖書だから
そちらも欲しいな〜と思うんだけれど、高くて・・・
もっと慣れたら買おうかな、と思ってます。


最初のであい。 [きっかけ]

小学校5年生くらいのとき、同じクラスに
日曜学校に行っている子がいて、聖書を貸してもらったのが
一番最初に「キリスト教」というものに触れたことかな?

子どもの頃から筋金入りの活字中毒なわたしは、
「聖書」が「かみさまのことば」だとは全然思わず、「分厚い本」
としか思ってませんでした・・・

貸してもらった聖書も、ほとんど流し読み状態で1時間くらいで
読み終え、「ありがとう!」と即返してしまいました(汗)

でも、「魚とパンの話」とか「黙示録」とかはすごい印象に
残っていたなぁ〜。


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